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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)1629号 判決

原告 猿田経子

右訴訟代理人弁護士 日高良雄

右訴訟復代理人弁護士 大野峯弘

被告 玉木三三

被告 野村タミ

右両名訴訟代理人弁護士 永岡昇司

同 宇賀神直

同 高村文敏

右訴訟復代理人弁護士 田中庸雄

主文

一、原告に対し

被告玉木三三は金六一万六、〇〇〇円

被告野村タミは金三〇万八、〇〇〇円

及びこれらに対する昭和四二年四月一六日からそれぞれ支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

三、この判決は仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文第一、二項と同旨。

担保を条件とする仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する被告らの答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1、原告は昭和四〇年二月一〇日被告らとの間で、被告らの共有(その持分は被告玉木が三分の二、被告野村が三分の一)にかかると称する別紙図面に(A)と表示した部分の土地一一〇坪及び(B)と表示した部分の土地四八坪(以下、それぞれ本件(A)の土地、(B)の土地という。)を、現地においてその範囲の指示を受けたうえ、代金坪当り金一万七、五〇〇円、合計金二七六万五、〇〇〇円で買受ける旨の売買契約を締結し、即日右代金を被告らに完済してその引渡を受けた。その際、被告らは、本件(A)(B)の土地は別紙目録記載の第一及び第三の土地(以下、それぞれ本件第一の土地、第三の土地という。)に該当するというので、原告はこれを信じ、同年二月一一日本件第一、第三の土地につき、被告らの前所有者藤本町子から、被告らの同意のもとに、中間省略して直接原告名義に所有権移転登記を受けた。

2、しかるに、昭和四一年二月頃原告が本件(A)(B)の土地の整地に着手したところ、四条畷町役場吏員から本件(B)の土地は農林省所有地であり勝手に使っては困る旨の苦情が出たので、調査した結果、本件(B)の土地は別紙目録記載の第二の土地(以下、本件第二の土地という。)であって、農林省の所有であり、一方、原告が登記を受けた本件第三の土地は別紙図面に(C)と表示した部分の土地四八坪(以下、本件(C)の土地という。)であって売買の目的としていなかった土地であることが判明した。

3、そこで原告は、やむなく本件(B)の土地、すなわち本件第二の土地を、昭和四一年一一月一〇日、その後農林省より譲受けて所有者となっていた竹中ナカから改めて買受け、同月一七日その所有権移転登記を受けた。

4、かように、被告らは本件(B)の土地が他人所有のためこれを原告に移転することができなかったので、原告は被告らに対し、昭和四一年一一月一八日到達の内容証明郵便をもって、民法第五六三条に基づき、その不足分、すなわち四八坪分の売買代金八四万円の減額を請求し、その返還を求めた。しかるに被告らは、事の真相を直ちに調査することもなく、かつ、原告の右請求にも応ぜず、誠意のある措置に出ないので、原告は、弁護士日高良雄に訴訟委任して本訴を提訴せざるを得なかった。その弁護士費用は請求金額の一割、すなわち金八万四、〇〇〇円とする約である。

5、よって、被告らは各自前記持分の割合に応じて、売買代金八四万円を返還し、かつ、弁護士費用金八万四、〇〇〇円に相当する損害賠償をすべきものであるから、原告は、被告玉木に対しその三分の二にあたる金六一万六、〇〇〇円、被告野村に対しその三分の一にあたる金三〇万八、〇〇〇円、及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四二年四月一六日以降支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告らの答弁

1、請求原因1の事実は認める。同2の事実中、本件(B)の土地が本件第二の土地であって農林省の所有であるとの点は否認し、その余の事実は認める。同3の事実は知らない。同4の事実中、原告主張のとおり代金減額請求のなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2、被告らは、本件(A)(B)の土地が本件第一、第三の土地に該当するものと誤信していたため、本件第一、第三の土地につき原告への所有権移転登記を経由したのであるが、真実は、本件(A)(B)の土地を合したものが本件第一の土地であり、被告らはこれを原告に売渡し、その引渡及び所有権移転登記を完了したから、売主としての義務を完全に履行したものである。そして、本件第三の土地は、真実は本件(C)の土地に該当するのであってもともと本件売買の目的ではなく、また、本件第二の土地は、本件(B)の土地ではなく、別紙図面に(D)と表示した部分の土地(以下、本件(D)の土地という。)に該当するのである。

3、仮りに、本件(B)の土地が本件第二の土地に該当するとしても、田中亀太郎は昭和二三年二月二日自作農創設特別措置法第一六条により本件第一の土地の売渡を受けた際、本件(B)の土地を本件第一の土地の一部であってこれに含まれているものと考え、本件(A)(B)の土地を一体のものとして、所有の意思をもって平穏、公然、善意、無過失でその占有を始めたところ、その後、本件第一の土地は、昭和三三年一二月二六日田中から正延順一へ、次いで昭和三五年八月二日正延から藤本町子へ、さらに昭和三九年八月四日藤本から被告らへ、順次売買されたのであるが、これらの売買に際しては、いずれも本件(B)の土地は本件第一の土地の一部であるとして、本件(A)の土地と一体のものとして譲渡引渡がなされ、従って、右正延、藤本、被告らは、いずれも本件(B)の土地を本件第一の土地の一部であるとして、それぞれ所有の意思をもって平穏、公然、善意、無過失でその占有を承継したものである。従って、被告らは、前記田中以来一〇年をこえる右占有の継続により、本件(B)の土地、すなわち本件第二の土地の所有権を時効によって取得したものであり、これを原告に譲渡したのであるから他人の所有権を譲渡したものではない。

もっとも、被告らは原告に対し本件第二の土地につき所有権移転登記手続を履行していない。しかし、原告は、以上の占有の経過により自らもまた本件第二の土地を時効によって取得したことを完全に主張し得たのにかかわらず、あえてその主張をせず、自己の所有に帰した本件第二の土地を任意に放棄したのであるから、これを被告らの責に帰することはとうてい許されないものというべきである。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、請求原因1の事実、同2の事実中、昭和四一年二月頃原告が本件(A)(B)の土地の整地に着手したところ、四条畷町役場吏員から本件(B)の土地は農林省所有地であるとの異議が出たこと、及び原告が所有権移転登記を受けた本件第三の土地は、真実は本件(C)の土地に該当し、原被告ら間の本件売買契約の目的たる土地ではなかったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、本件売買契約の目的とされた本件(B)の土地が、本件第一の土地の一部であるか、本件第二の土地であるか、について判断する。

(一)  ≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。すなわち、本件(B)の土地とその東側に隣接する本件(A)の土地とは、同一平面上にあって、後記認定のとおり一体のものとして占有使用され、両土地の境界線は明らかでない。本件(B)の土地の北側、本件(A)の土地の北側及び東側は、四条畷神社所有の四条畷町大字南野一、八三八番の三道路二畝四歩(同神社の参道)に隣接し、また、本件(B)の土地の西側は、崖となって一段低くなっており、本件売買契約当時崖下には石垣が築かれ、その石垣の西側にはこれに沿うて水路があり、これを距てて本件(D)の土地に隣接している。そして、本件(D)の土地は、宮田定吉が耕作する畑であって、その西側はほゞ南北に通ずる町道に隣接し、町道の西側にはこれに沿う水路は存在しない。かように認められる。

(二)  ところで、前記乙第一号証の五(大阪法務局四条畷出張所備付の切図)によれば、南北に通ずる町道の東側には本件第二の土地が隣接し、さらにその東側には本件第一の土地が隣接し、その東側の前記一、八三八番の三の参道と町道との間には、本件第一、第二の土地が存在するだけで、それ以外の土地は存在しないように記載されているから、この点だけからみれば、町道の東側に隣接する本件(D)の土地が本件第二の土地に該当し、従って、本件(A)(B)の土地を合したものが本件第一の土地に該当するようにみられないこともない。

(三)  しかしながら、前記乙第一号証の五によれば、本件第一の土地と第二の土地との間に水路がなく、水路は町道の西側にこれに沿うて存在するように記載されているのに、現況は、前認定のとおり、水路は本件(B)の土地と(D)の土地との間にあって、町道に沿うてはおらず、かつ、水路と町道との間には本件(D)の土地が存在するのであるから、これらの点をも考慮するならば、乙第一号証の五における町道と本件第二の土地との関係だけから、直ちに本件(D)の土地が本件第二の土地に該当し、従って本件(B)の土地が本件第一の土地の一部に該当するとはいいきれず、乙第一号証の五における町道と水路との位置関係は現況に合致しないことが明らかであって、乙第一号証の五の作成された後に、町道または水路のいずれかがつけかえ等によってその位置を異動したものと考えるほかはない。

(四)  そして、≪証拠省略≫によれば、以前は、現在の水路のすぐ西側にこれに沿うて町道が存在したが、その後大正末期か昭和初期の頃、右町道がつけかえられて現在の位置に異動したことが認められ、一方、水路がつけかえ等によってその位置を異動したことの確証はなく、また、前記乙第一号証の五によれば、水路の西側にはこれに隣接していずれも宮田定吉所有の前同所一、七四四番の一宅地一〇三坪六合七勺、同番の三田一畝三歩の土地が存在するように記載されているから、これらによれば、水路の位置に変動はなく、町道のみが右一、七四四番の一、三の土地の西側に異動した結果、本件第二の土地と右一、七四四番の一、三の土地とが水路を距てて隣接することとなったものと認めても、何ら不合理はない。

(五)  以上の諸事情を総合するならば、水路の東側に隣接する本件(B)の土地は、本件第一の土地の一部ではなくて、本件第二の土地に該当し、また、水路の西側に隣接する本件(D)の土地は、本件第二の土地ではなくて、宮田定吉所有の前記一、七四四番の一または同番の三に該当するものと認めるのが相当である。そして、右認定に反する適確な証拠はない。

三、よって、本件(B)の土地、すなわち本件第二の土地の所有関係について判断する。≪証拠省略≫を総合すれば、次のように認められる。すなわち、

(一)  本件第二の土地は、本件第一の土地(もと、畑二畝一三歩、外畦畔一畝七歩)とともに、竹中ナカが取得し、昭和二〇年六月九日その所有権移転登記を経由していたものであるが、いずれも不在地主所有の農地として自作農創設特別措置法による買収処分がなされ、次いで、本件第一の土地は、昭和二三年二月二日同法第一六条により田中亀太郎に売渡され、昭和二五年三月三一日田中のために所有権移転登記がなされた。ところが、本件第二の土地については、買収処分がなされたとはいうものの、いかなる理由によるのか売渡処分はなされず、かつ、買収処分による国(農林省)の所有権取得の登記もなされず、竹中所有名義のまま、四条畷町役場備付の国有財産台帳に記載され、形式上は同町役場が国有財産としてこれを管理していることになっていたが、現実には、同町役場吏員において本件第二の土地が現地のどこに該当するのか不明のため、具体的な何らの管理行為もなされずに、放置されたままになっていた。もち論、竹中も買収処分以後本件第二の土地を捨ててかえりみなかった。

(二)  一方、本件第一の土地の売渡を受けた田中は、当時、本件(A)の土地と(B)の土地とが一面に笹の生えた原野のような状態で、両土地の間に境界らしいものもなく、一個の土地らしくみえたところから、本件(B)の土地は本件第一の土地の一部であってこれに含まれており、本件(A)(B)の土地を合した範囲の土地の売渡を受けたものと考え、これらを一体のものとして、自己の所有地として耕作占有を開始した。そして、田中がそのように考えたことに過失はない。

(三)  その後、田中は昭和三三年一二月二六日、本件第一の土地を、農地法第五条による大阪府知事の許可を受けたうえ、正延順一に売渡し、同日正延のため所有権移転登記を経由したが、その際、本件(B)の土地は本件第一の土地の一部であるとして、本件(A)の土地と一体のものとして譲渡引渡がなされた。そして、正延はそのころ本件(A)(B)の土地を宅地に転用し、その両土地にまたがって床面積約一二、三坪の居宅を建築所有し、本件(A)(B)の土地を自己の所有地として占有していた。

(四)  次いで、正延は昭和三五年八月二日藤本町子に対し本件第一の土地及び右居宅を売渡し、同日本件第一の土地につき藤本のため所有権移転登記を経由したが、その際にも前同様に、本件(B)の土地は本件第一の土地の一部であるとして、本件(A)の土地と一体のものとして引渡され、藤本は、右居宅に居住するとともに、本件(A)(B)の土地上にさらに鶏舎と鶏ふん置場の小屋を建築所有し、これらの土地を自己所有地として占有していた。

(五)  さらに、藤本は昭和三九年八月四日被告らに対し本件第一の土地を売渡し、被告らは被告玉木が持分三分の二、被告野村が持分三分の一の各割合でこれを買受け、同月五日右持分の割合による所有権移転請求権保全仮登記を経由した。右売買においても、前同様、本件(B)の土地は本件第一の土地の一部であるとして、本件(A)の土地と一体のものとして引渡され、その頃、藤本は被告らの希望により右居宅、鶏舎、小屋を収去し、被告らは自己の共有地として本件(A)(B)の土地を占有していた。

(六)  そして、田中が本件(B)の土地につき占有を開始して以来、被告らにその占有が承継されるまでの間、これが占有に関し何びとからも何らの異議も苦情もなく経過していた。

かように認められるのであって、右認定に反する証拠はない。

右事実によると、田中は昭和二三年二月二日以降所有の意思をもって平穏かつ公然に本件(B)の土地を占有し、その占有の始め善意かつ無過失であり、右占有はその後正延、藤本を経て被告らに順次承継されたのであるから、被告らは、右田中以来の一〇年をこえる占有の継続により、本件(B)の土地、すなわち本件第二の土地の所有権を時効によって取得したものといわなければならない。

四、かようにして、昭和四〇年二月一〇日の本件売買契約当時、被告らは本件第二の土地の所有権を時効によって取得していたものであるが、その登記簿上の所有名義はなお前記竹中にあったのであるから、被告らは竹中からこれが所有権移転登記を受けたうえ、原告に対しその所有権移転登記をすべき義務があったわけである。そして、被告らは右時効取得をもって竹中に対抗することができたことは明らかであり(なお、国は、本件第二の土地を買収したとはいうものの、その登記を経由していないから、これが所有権取得をもって被告らに対抗し得ないことはいうまでもない)、従って、被告らは竹中に対し時効取得を主張することにより、容易にその所有権移転登記を受け得べきものであったといわなければならない。

ところが、≪証拠省略≫によれば、原告は昭和四一年一一月一〇日、竹中と交渉して、本件第二の土地をあらためて竹中から代金五〇万円で直接に買受け、同月一七日竹中からその所有権移転登記を受けたことが認められるから、これにより、被告らが竹中から所有権移転登記を受けることはもはや不能となったものというべきであり、次いで、原告が被告らに対し、同月一八日到達の内容証明郵便をもって、不足部分、すなわち本件第二の土地四八坪分の代金の減額請求をしたことは、当事者間に争いがない。

五、思うに、民法第五六三条は買主保護の規定であるから、売主がその権利を取得して買主に移転し得る状態にあったのにかかわらず、買主が自ら権利者との交渉により直接これを取得し、その結果、売主をしてその売却した権利の取得を不能ならしめたような場合には、原則として、同条による保護を買主に与えるべき理由はないものといえよう。しかし、買主が直接権利者から権利を取得するに至る事情にも種々の場合があるのであって、もし買主が権利者と直接交渉するに至ったのが、売主の態度その他売主との関係において、信義則上やむを得ないものであり、買主の側に恕すべき点があるとするならば、前記一般原則は妥当せず、なお買主に同条による保護が与えられて然るべきものと解するのが相当である。

そこで、原告が竹中から直接に本件第二の土地を買受けた経緯を考えるに、≪証拠省略≫を総合すれば、原告は、本件(A)、(B)の土地を建物建築の目的で被告らから買受けたものであったが、前記のとおり、昭和四一年二月頃四条畷町役場吏員から異議をいわれ、調査の結果、始めて本件(B)の土地が本件第二の土地であることを知って驚き、直ちに被告らに対しその旨を告げて善処方を求めたこと、被告らも、原告からの知らせにより始めて問題のあることを知り、直ちに調査にかかったが、本件(B)の土地は被告ら所有の本件第一の土地の一部であり、他人所有地を売渡したのではなく、売主としての義務は完全に履行済みであると主張するのみで、その後同年一一月までの約九か月間、本件第二の土地の所有名義人である竹中からその所有権移転登記を受けるための何らの努力もしなかったこと、そのため、原告としては、いつまで待っても、本件第二の土地につき所有権移転登記を受け得る目途は立たず、被告らを相手としていたのではとうてい契約の目的を達することができないので、やむなく前記町役場吏員のあっせんで、竹中から直接に本件第二の土地を買受けるに至ったこと、かように認められるのであって、右事実によれば、原告が竹中との直接交渉に至ったのは、被告らとの関係において、信義則上やむを得ないものと認めるのが相当である。なお、その間、竹中は本件第二の土地につき自己の所有権を進んで主張していたわけでなく、また、原告自らも竹中に対しこれが時効取得を主張し得べき地位にあったのに、その主張をしなかったことが認められるが、これらの事実があるだけでは前認定を左右するにたらない。

従って、原告は善意の買主として民法第五六三条により被告らに対し代金の減額及び損害賠償を求めることができるものというべきである。

六、本件売買契約は代金坪当り金一万七、五〇〇円の約であったから、本件第二の土地四八坪分の代金は金八四万円であり、被告らは前記持分の割合に応じてこれを原告に返還すべきものである。また、≪証拠省略≫によれば、原告は、被告らが原告の請求に応じて右代金の返還をしないため、弁護士日高良雄に訴訟委任して本訴提起のやむなきに至り、同弁護士に対し費用として金五万円をすでに支払い、かつ、一般相場並みの報酬を支払う旨を約したことが認められ、本訴提起の経緯、事案の難易、内容等の事情を総合勘案すれば、弁護士費用、報酬として前記金八四万円の一割に相当する金八万四、〇〇〇円の限度で、これを原告に生じた損害として、被告らに前記持分の割合に応じて賠償させるのが相当である。

そうすると、原告に対し、被告玉木は右金八四万円と金八万四、〇〇〇円との合計金九二万四、〇〇〇円の三分の二にあたる金六一万六、〇〇〇円、被告野村は同じく三分の一にあたる金三〇万八、〇〇〇円、及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四二年四月一六日からそれぞれ支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務あることが明らかであり、原告の被告らに対する請求はいずれも正当としてこれを認容すべきものである。

よって、民事訴訟法第八九条、第九三条、第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松田延雄)

〈以下省略〉

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